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2017年9月20日 日常
新聞社に投稿というか意見を言いたくてメールを送ろうとしたが
同じような目に遭っている子ども達がいっぱいいて、
いろんな組織があることを
ネットで新聞の記事を探しているうちに見つけたので
やめました。



メールしようと思ったのは
私が通っていた小学校での教頭による女子児童へのセクハラです。

小学校6年生の時の臨海学習の時のことですが
いま思い出しても吐き気がします。

その時私は転校して来て数か月、
結構クラス数もある大きな小学校でした。

臨海学習なのでクラスの友達と一緒ではなく
遠泳できる距離によって班分けされていたので
宿泊施設もその班ごとに分かれていました。

転校して3か月ぐらいでは同じクラスの子がいても
なかなか相談もできなかったでしょう。

泣いていた私を心配して若い女の先生が来てくれましたが
なんせ宿泊イベントなので学校からは全然知らない先生がいっぱい来ていました。その若い女の先生も見たこともない全く初めての先生でした。
言えるわけもなく 、ただただ泣いていました。

転校して数か月では同じ6年生の担任でも
クラスが遠い先生は名前ぐらいしかわかりませんでしたけどね。

担任は男の先生でした。
クラス全員を立てらせてビンタするような教師だったので
普通の話もできず、当然何も言えません。

同じようなことがきっとずっと続いていたんだろうなと思います。
男性教職員は男子が宿泊している施設や旅館にいるはずなのに教頭だけは
女子と女子教職員がいる施設にずっといました。

若い先生では思いもよらなかったのかもしれません
自分も行事に引率していっぱいいっぱいだったのかもしれませんが

あの時頼れたのはあの先生しかいなかった

教頭はもう死んだだろうな。

いま、子ども達の近くにいる先生方は何の解決にならなくても
子どものために子どもの近くにいてやってください。
もう少し想像力を使って考えてください。
ありえないことと思わないでください。

教員のセクハラが実証されたってなかなか罰を受けたりしません。
加害者を罰するのも大事ですが
まずは子どもを助けてやって。

加害者の大人は数を重ねると忘れるような出来事でも
被害者の児童は一生忘れられないから

せめてフォローしてやって
本気で気をつけてみてやって

あの若い女の先生が臨海学校のあと私のことを
一度でも学校で探してくれたでしょうか?
もし何気なく声をかけてくれたら

次の年に被害に遭う児童が救われたかもしれないと思うと
ちょっと今でも気になります。

小学生の私にも何かできることがあったんじゃないかと

教頭は翌日も私が「反抗的な態度をとるから」とか言って
宿泊学習が終わるまで近くにいました。
今思うと口止めのつもりだったのかな?

卒業アルバムにはその日、荷物を持って歩く私の横を
教頭が並んで歩いている写真が掲載されていて

卒業写真もみられない。

きっとずっと昔からずっと繰り返されているんだろうな。
新聞記事は、なんとなく子どもにセクハラすると
「訴訟になって訴えられるからやめましょう」って感じに受け取れて

そんなレベルなのかい?って思ったのでメールしようと思ったのです。

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