子どもたちへの人的援助が
ライフワークとかになればいいなと思うが
年齢と資金とが悩みの種。

中途半端な経験値も問題。
巡り巡って子ども関係の仕事に就いたので
子どもについての専門家でもなく
と言って
何かの専門性があるわけでもなく
色んな事をうっすら経験して勉強してきたので

自信をもって
「この分野なら私いけます」と言えることがない。

昨日 SOS子どもの村Japan  関係者のお話が聴けた。

(戦争中)女性が子どもを育てたいが戦争の為に未亡人になったとか
戦争の為に結婚できなかったとか
戦争の為に子どもを育てる経験ができなかった女性。
彼女たちには仕事も十分ありません。

また世界中にはお母さんが欲しいと願っているのに
戦争のために孤児になった子どもたちがいっぱいいて

この女性と子どもたちが一緒に暮らすのがSOS子どもの村のスタート
だったらしいです。(この創設者の文章の詳細は正確じゃないかもしれません)

とっても良いなぁと思いました。
特に単身の女性の仕事が(戦争中だったため)仕事が十分にありません。ってとこ

仕事がないから養母として子どもを養育するとか
助けてあげるとかが難しいんですよね。

戦争中じゃなくたって今だってそうです。

単身の女性が子どもを育てようと思うと生活費用が大変。
産めなくても育てることはできるけど
仕事がないと、お金がないと育てることはできない。
加えて里親制度は単身女性には厳しいです。
そりゃ、財産や資金の面でしょうね。
独身女性の家庭が
子どもの将来の家庭のお手本にならないということもあるのでしょうが

娘の小学校の教頭先生に「母子家庭は家庭が崩壊している」
と言われたことがありますが 一般的に社会はそういう認識なんでしょう。
言った教頭先生もうちが母子家庭とは知らずに
本部役員をしているときに2校隣の小学校のことをお話していて
「あそこは公団が多くて母子家庭が多いからね~家庭が崩壊しているから~」と
その小学校で起きていた問題点をすべてそれでひとくくりにしてしまいました。

目の前にいる私に対して悪気はないのでしょうが
だからこそ本音なんだろうなと思ってかなりショックでした。
子どもたちのことを本当に理解しようとする良い先生だと思っていたので
今も家庭の話をするときに躊躇する一因になっています。

お手本通りの絵に描いたような家庭じゃなくても
育ててくれた人が産んだ人じゃなくても
本当に心から子どものことを考えてくれる人が近くに居れば
自分の力で自分で考えて旅立つことができるのだろうと思う

生まれてきた子どもにはこれっぽっちの非もあるわけではないのに
生まれた場所や時代のせいで
夢が持てない希望が持てない子どもにならないように
小さい時に愛情をもって近くに居てくれる存在がいますように

子どもを養育するのに大きな施設は緊急避難時みたいな時だけというお話も
納得しました。
そりゃそうだ。
うちの施設も法律では小学生20人に職員一人となっているが
20人に一人では一日いても何も喋らない子や
今日の服や髪型を思い出せない子がいますもんね。

問題児(突然殴るような子や突然建物から飛び出しをするような子)は
常に目で探して今どこに居るのか誰と遊んでいるのか把握しているが
静かに本を読んでいる子は目の端でとらえているだけで
「さっきまでここにいたのに」ということがあります。

生活の場は少人数が良いよね。
うちは小学生だけど就学前なら余計だ。

5人に育親一人でも子どもはきっと気を遣うよね。
大きな子は我慢もするよね。
家庭でも上の子は小さい時から我慢をしますが
家に来た時に自分が一番大きかったら?

支援の目的は子どもを家庭に帰すこと。
子どもが家庭で生活できること。

家に帰すのすごい難しそう。
一番いいことが家庭に帰ることなのかなぁ

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